阪神淡路大震災からまもなく25年。私も兵庫県の芦屋市に居りましたので、あの突然の出来事のことは今でも体が覚えています。
お風呂に入っているとき、子供たちとリビングでくつろいているとき、あの体験を自分の中で再現し、「もしも、いま、地震が来たら私どう動く?」と自分に問いかけます。
だから、お風呂に入るときには必ずバスタオルを持って入るようにしています。今では習慣になっています。リビングで遊んでいる子ども達にも日ごろから「もし地震が来たらどうする?」と問いかけるようにしています。
子ども達からは「わかってるってば!」と、すこしうっとおしく思われていますが、私は日常から子どもたちに防災の話をしています。
防災の話をする、というのは一般的には「うっとおしい」のだろうと思います。いつ来るかわからない得体のしれないものについて、事細かく言われたら誰でも「うっとおしいな、もう十分にわかってるから!」と、うちの子ども達みたいに思うでしょう。。。
でも・・・。私は思うんです。毎日のように防災のことを考えることが「あたりまえ」になり習慣化してしまえば、「うっとおしい」という気持ちが少し減るのでは??
私が、お風呂場にバスタオルを必ずもって入る習慣があるように、考えなくても防災の知恵が行動となっていれば「うっとおしくない」防災になると思うんです。
それに、毎日の習慣(行動)が身を守るための知恵であれば、ことさらに「防災」「減災」って言わなくてよくなりますよね。
「防災」「減災」って言われると、地震や気象を研究されている専門の先生が、どこかで講義をしているみたい。。。小学生にもわかるように言い換えるならば「嫌な事(災い)を防ぎましょう!」「嫌な事(災い)ができるだけ起こらないよう工夫しましょう!」ということですよね。
だから、できるだけ「防災」って言わないように、私は子どもたちに暮らしの知恵を伝えたいと思うんです。子どもたちが防災アレルギーにならないように願うばかりです。